厳しい市場環境という現実
多くの企業経営者やマーケティング担当者の皆様が、市場の変化の速さに日々直面されていることと思います。特に、国内市場の成熟化や人口構造の変化、技術革新による既存ビジネスモデルの陳腐化など、様々な要因によって「衰退市場」と呼ばれる状況に直面している業界も少なくありません。
「売上が年々減少している」「競合との価格競争が激化している」「新しい顧客を獲得するのが難しい」といった声は、決して他人事ではないでしょう。このような厳しい環境下では、コスト削減や効率化といった守りの施策に目が行きがちです。しかし、それだけでは持続的な成長は望めません。
むしろ、縮小するパイを奪い合う消耗戦に陥ってしまう危険性すらあります。
では、衰退市場においては、もはや成長を諦めるしかないのでしょうか?答えは「いいえ」です。
視点を変え、既成概念にとらわれない「逆転の発想」を持つことで、衰退市場の中からでも新たな成長の活路を見出すことは可能です。
そして、その鍵を握るのが「デザイン」の力なのです。本記事では、デザインを活用して「新たな価値」を創出し、厳しい市場環境でも成長を実現するための考え方とアプローチについて解説していきます。
「衰退市場」とはどのような状況か
まず、「衰退市場」という言葉の定義を共有しておきましょう。一般的に、以下のような特徴を持つ市場を指します。
- 市場全体の規模が縮小傾向にある
- 製品やサービスの需要が頭打ち、あるいは減少している
- 技術革新や代替品の登場により、既存製品・サービスの魅力が低下している
- 市場への新規参入が少なく、既存企業間の競争が激化している
- 製品やサービスがコモディティ化し、価格競争に陥りやすい
- 顧客の高齢化やニーズの変化により、従来のターゲット層が縮小している
こうした状況は、特定の業界に限った話ではありません。製造業、小売業、サービス業など、あらゆる分野で起こりうる現象です。そして多くの場合、企業は生き残りをかけて、より一層のコスト削減や、シェア確保のための値下げ競争へと突き進みがちです。
なぜ従来の延長線上の努力だけでは限界があるのか
衰退市場において、多くの企業がまず取り組むのは、既存事業の効率化やコスト削減、あるいは競合他社からシェアを奪うための価格戦略です。もちろん、これらは短期的な収益改善や事業継続のためには必要な取り組みかもしれません。
しかし、これらの施策は、根本的な市場構造の変化に対応するものではなく、持続的な成長には繋がりにくいという側面があります。
価格競争の罠
価格競争は、最も陥りやすい罠の一つです。一時的に顧客を引きつける効果はあるかもしれませんが、それは競合他社も追随可能な戦略です。
結果として、業界全体の収益性が低下し、どの企業も十分な利益を確保できなくなる「消耗戦」に陥ります。さらに、安売りが常態化すると、ブランドイメージが毀損され、価格以外の価値を顧客に訴求することが困難になってしまいます。
「安かろう悪かろう」というイメージが定着してしまうと、そこから脱却するのは容易ではありません。
コスト削減の限界
徹底したコスト削減も、いずれ限界を迎えます。人件費、原材料費、研究開発費などを削り続けることは、従業員のモチベーション低下、製品やサービスの品質低下、そして将来の成長に向けた投資の抑制につながります。
短期的な利益確保のために、長期的な競争力や成長の芽を摘んでしまう可能性があるのです。
既存の枠組みの中での改善の限界
業務プロセスの改善や既存製品のマイナーチェンジなども重要ですが、市場全体のパイが縮小している状況下では、その効果は限定的です。
競合も同様の努力をしているため、差別化を図ることが難しく、結局はジリ貧の状態から抜け出せないことも少なくありません。
つまり、従来の延長線上にある努力だけでは、衰退市場の根本的な課題を解決し、新たな成長軌道を描くことは難しいのです。求められているのは、これまでの常識や成功体験にとらわれず、市場や顧客、自社の強みを全く新しい視点で見つめ直すことです。
突破口としての「デザイン」:単なる装飾ではない、本質的な価値創造
ここで注目したいのが「デザイン」の力です。「デザイン」と聞くと、多くの方は製品の見た目や広告のビジュアル、ウェブサイトのレイアウトなどを思い浮かべるかもしれません。もちろん、それらもデザインの重要な要素です。
しかし、ここで言うデザインとは、単なる「見た目の良さ」や「装飾」を意味するものではありません。
現代におけるデザインの役割は、より広範で本質的なものへと進化しています。それは、「課題解決のための思考プロセスであり、新たな価値を創造し、それを効果的に伝えるための手段」と言い換えることができます。具体的には、以下のような側面が含まれます。
デザインは「課題解決」である
優れたデザインは、顧客が抱える潜在的な悩みや不満、あるいは企業自身が抱える経営課題を深く洞察し、その解決策を形にするプロセスです。ユーザーインターフェース(UI)の改善によって操作性を向上させたり、サービスプロセス(UX:顧客体験)を見直して顧客満足度を高めたりすることも、広義のデザイン活動と言えます。
顧客や社会の「不」を解消し、「便益」を提供することこそ、デザインの本質的な役割の一つです。
デザインは「コミュニケーション」である
デザインは、言葉だけでは伝えきれない企業の理念や製品・サービスの価値、ブランドの世界観などを、視覚や体験を通じて顧客に伝える強力なコミュニケーションツールです。ロゴマーク、パッケージ、ウェブサイト、店舗空間、従業員の制服に至るまで、あらゆる顧客接点におけるデザイン要素が、企業のメッセージを一貫して伝え、顧客との情緒的な繋がりを構築します。
デザインは「体験価値の創造」である
現代の消費者は、単にモノやサービスそのものを購入するだけでなく、それらを通じて得られる「体験」を重視する傾向にあります。デザインは、製品やサービスに触れる前から、購入時、使用時、そしてアフターサポートに至るまで、一連の顧客体験(カスタマージャーニー)全体を設計し、感動や満足感、共感といった付加価値の高い体験を提供する上で中心的な役割を果たします。
このように、デザインを「課題解決」「コミュニケーション」「体験価値創造」のための戦略的な思考プロセスとして捉え直すことで、衰退市場という厳しい環境下においても、新たな成長の可能性が見えてくるのです。
デザイン思考で「新たな価値」を創出するアプローチ
では、具体的にデザインを活用して、どのように「新たな価値」を創出し、衰退市場での成長を実現していくのでしょうか。ここでは、いくつかの具体的なアプローチと考え方を紹介します。
1. ターゲット顧客の再定義と未開拓ニーズの発見
市場が縮小しているからといって、すべての顧客セグメントが同様に減少しているわけではありません。従来の主要ターゲット層から視点を移し、これまで見過ごされてきたニッチな層や、新たなライフスタイルを持つ層に目を向けることで、新しい市場機会を発見できる可能性があります。
- 既存顧客への深い洞察:アンケートやインタビューだけでなく、行動観察などを通じて、顧客自身も気づいていない潜在的なニーズ(インサイト)を探る
- 新たなターゲット層の探索:例えば、若年層向けだった商品をシニア向けに再設計する、あるいは特定の趣味や嗜好を持つコミュニティに特化したサービスを開発するなど
- 「非顧客」の分析:なぜ自社の商品・サービスを選ばないのか、その理由を深掘りすることで、新たな価値提案のヒントを得る
デザイン思考のプロセスは、こうした顧客理解を深め、潜在的なニーズを発見する上で非常に有効です。ユーザー中心の視点で観察・共感し、課題を定義し、アイデアを発想・試作・検証するサイクルを通じて、真に求められる価値を見つけ出すことができます。
2. 製品・サービスの価値の再定義と提供方法の革新
既存の製品やサービスそのものではなく、その「意味」や「提供価値」をデザインの力で再定義することも有効なアプローチです。
- 機能的価値から情緒的価値へ:単なるスペックや機能性だけでなく、製品を使うことで得られる喜び、満足感、自己表現といった情緒的な価値をデザインで訴求する
- 「モノ」から「コト」へ:製品を売るだけでなく、それに関連する体験やコミュニティ、ライフスタイル提案などを組み合わせ、総合的な価値を提供する(例:調理器具メーカーが料理教室を開催する)
- サービスデザインの導入:製品の提供プロセス全体を見直し、購入前からアフターサポートまで、一貫して快適で満足度の高い顧客体験をデザインする
製品・サービスの本質的な価値を見つめ直し、デザインを通じて新たな意味付けを行うことで、価格競争から脱却し、独自のポジションを築くことが可能になります。
3. 異業種や新技術との組み合わせによる価値創造
自社の持つ技術やノウハウ、ブランド資産などを、一見関連性のない異業種や新しいテクノロジーと組み合わせることで、全く新しい価値が生まれることがあります。
- 業界の垣根を越えたコラボレーション:例えば、伝統工芸と最新テクノロジー、食品とヘルスケア、地域資源とツーリズムなど
- デジタル技術の活用:IoTやAI、VR/ARなどの技術を既存ビジネスに組み込み、新たな利便性や体験価値を提供する
- サステナビリティへの貢献:環境配慮型の素材や製造プロセス、社会課題解決に繋がるビジネスモデルなどをデザインに取り入れ、企業の社会的価値を高める
固定観念にとらわれず、外部の知見や技術を積極的に取り入れ、デザインによってそれらを融合させることで、既存市場の枠組みを超えるイノベーションが期待できます。
4. ブランディングによる「らしさ」の強化と共感の醸成
衰退市場においては、他社との明確な差別化がより一層重要になります。デザインは、企業の持つ独自の価値観やストーリー、いわゆる「らしさ」を可視化し、顧客に伝える上で不可欠な要素です。
- 一貫性のあるブランド体験の構築:ロゴ、カラースキーム、タイポグラフィ、写真、ウェブサイト、店舗デザイン、製品パッケージなど、あらゆる顧客接点において統一されたブランドイメージを演出し、信頼感と愛着を醸成する
- ストーリーテリング:企業の成り立ちや製品開発に込められた想い、社会への貢献などを、デザインを通じて魅力的な物語として伝え、顧客の共感を呼ぶ
- ターゲットに響くコミュニケーションデザイン:誰に、何を、どのように伝えたいのかを明確にし、最適な媒体や表現方法を選択する
強力なブランドは、価格競争に対する防波堤となり、顧客との長期的な関係性を築くための基盤となります。デザインは、そのブランド構築の中核を担う存在です。
【事例イメージ】伝統産業におけるデザイン活用の可能性
ここで、具体的なイメージを持っていただくために、ある伝統的な製造業の架空のケースを考えてみましょう。
長年、地域で高品質な日用品を製造してきた企業があったとします。しかし、安価な輸入品の台頭やライフスタイルの変化により、需要は年々減少し、まさに衰退市場の典型例となっていました。職人の高齢化も進み、事業継続に危機感を抱いていました。
そこで、この企業は外部のデザイナーと協働し、自社の強みと市場の潜在ニーズを見つめ直すプロジェクトを開始しました。
まず行ったのは、徹底的な自社分析と顧客理解です。長年培ってきた独自の製造技術、素材へのこだわり、そして製品が持つ独特の風合いや使い心地など、自社の「本質的な価値」を再確認しました。同時に、現代の消費者のライフスタイルや価値観を調査し、丁寧な手仕事やストーリー性、サステナビリティといった要素に価値を見出す層が存在することを発見しました。
次に、これらの洞察に基づき、「伝統技術を活かし、現代のライフスタイルに溶け込む、長く愛される製品」という新たなコンセプトを策定。製品デザインを大幅に見直し、従来の機能性は維持しつつ、より洗練されたモダンなデザインを採用しました。
また、製品だけでなく、ブランドストーリーを伝えるウェブサイトやSNSコンテンツ、製品の背景にある職人の想いを伝えるパッケージデザインなども一新しました。
さらに、販路も従来の卸売中心から、自社ECサイトやデザイン性の高いセレクトショップへとシフト。価格設定も、単なる製造コストではなく、技術、デザイン、ブランドストーリーといった付加価値を反映した、従来よりも高めの価格帯に設定しました。
結果として、この企業は価格競争から脱却し、新たな顧客層の獲得に成功しました。製品は、単なる日用品としてではなく、「こだわりのあるライフスタイルを実現するためのアイテム」として認識されるようになり、ブランドへの共感も深まりました。
衰退市場の中でも、デザインを通じて新たな価値を定義し、ターゲットと提供方法を変えることで、成長軌道を取り戻すことができたのです。
これはあくまで一例ですが、どのような業界であっても、デザインを戦略的に活用することで、同様の変革を起こせる可能性を秘めています。
中小零細企業がデザイン経営を実践するためのステップ
「デザインが重要であることは理解できたが、大企業ならともかく、リソースの限られた中小零細企業で実践するのは難しいのでは?」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、デザイン経営は、企業の規模に関わらず取り入れることができる考え方です。
重要なのは、経営者自身がデザインの価値を理解し、トップダウンで推進していく意識を持つことです。
以下に、中小零細企業がデザイン経営を実践するための具体的なステップを挙げます。
- 経営者自身の意識改革:まず、経営者がデザインを単なるコストではなく、未来への投資であり、経営戦略の中核であると認識することから始める
- 現状の把握と課題設定:自社の強み・弱み、市場環境、顧客ニーズなどを客観的に分析し、デザインによって解決すべき課題を明確にする
- デザイン人材・パートナーの確保:社内にデザイン専門部署を設置するのが難しくても、デザイン思考を理解し、経営課題に共に取り組める外部のデザイナーやデザイン会社と連携する
- 小さく始めてみる(プロトタイピング):最初から大規模なプロジェクトを立ち上げる必要はない:特定の製品パッケージのリニューアル、ウェブサイトの改善、顧客向け資料のデザイン見直しなど、比較的小さな範囲からデザインの効果を試してみる
- 顧客の声を聞き、改善を続ける:デザインは一度完成したら終わりではない:市場の反応や顧客からのフィードバックを収集し、継続的に改善を繰り返していくプロセスが重要
- デザインの価値を社内で共有する:デザインへの取り組みとその成果を社内で共有し、従業員全体の意識を高め、デザインを組織文化として根付かせる
特に重要なのは、信頼できる外部のデザインパートナーを見つけることです。単に見た目を整えるだけでなく、経営課題に寄り添い、共に汗を流し、ビジネスの成長に貢献してくれるパートナーを選ぶことが、成功の鍵となります。
デザインは「コスト」ではなく「投資」であるという視点
デザインに対する取り組みを検討する際、どうしても「コスト」の側面が気になってしまうのは当然です。
しかし、これまで述べてきたように、戦略的なデザイン活用は、短期的な費用対効果だけでなく、長期的な企業価値向上に繋がる「投資」であると捉えることが重要です。
優れたデザインは、
- 製品やサービスの付加価値を高め、価格競争からの脱却を可能にする
- ブランドイメージを向上させ、顧客からの信頼と愛着を獲得する
- 顧客体験を改善し、リピート率や顧客生涯価値(LTV)を高める
- 社内のコミュニケーションを円滑にし、従業員のモチベーションを向上させる
- イノベーションを促進し、新たな事業機会を創出する
といった、多岐にわたる経営上のメリットをもたらす可能性があります。これらの効果は、単なるコスト削減や短期的な売上向上策では得難い、持続的な競争優位性の源泉となり得ます。
もちろん、すべてのデザイン投資がすぐに大きな成果に結びつくとは限りません。しかし、デザインを経営の中心に据え、継続的に投資していくという姿勢を持つことが、変化の激しい時代を生き抜き、成長し続けるための重要な鍵となるでしょう。
逆転の発想で未来を切り拓く
本記事では、「衰退市場でも成長は可能か?」という問いに対し、「デザインで新たな価値を創出する逆転の発想」によって道は開ける、という考え方とそのアプローチについて解説してきました。
市場が縮小している、競争が激化している、といった厳しい現実に直面したとき、私たちはつい内向きになり、守りの姿勢に入りがちです。しかし、そのような時こそ、視点を変え、発想を転換するチャンスなのかもしれません。
デザインは、もはや専門家だけのものではありません。経営者、マーケティング担当者、ウェブサイト運営責任者をはじめ、ビジネスに関わるすべての人々が、その思考法やアプローチを理解し、活用していくことが求められる時代です。
自社の持つ強みは何か、顧客が本当に求めている価値は何か、そして、デザインの力を使ってどのようにそれを形にし、伝えていくか。これらの問いに向き合い、試行錯誤を繰り返す中で、きっと新たな成長の活路が見えてくるはずです。
衰退市場という逆境を、むしろ変革の好機と捉え、デザインという羅針盤を手に、新たな価値創造への航海に乗り出してみてはいかがでしょうか。この記事が、その一助となれば幸いです。
![]() |
無償のデザインコンサルをご希望の方は、Squareにて: 無料のコンサルを予約する ▶︎ |
![]() |
直接メールにてメッセージを送りたい方は、Marz宛に: メールでメッセージを送る ▶︎ |
![]() |
月額¥39,800のデザイン7種パッケージをはじめました!: デザインサブスク頁を見る ▶︎ |