デザインの価値と社内稟議の壁
「このデザイン、すごく良いと思うんだけど、なぜか社内で承認されない…」
中小零細企業の経営者やマーケティング担当者、ウェブサイト運用責任者の皆様の中には、このような経験をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。自信を持って提案したデザイン案が、社内の稟議という壁に阻まれてしまう。時間と労力をかけて練り上げたデザインが、なかなか世に出ないもどかしさ。これは、多くの企業で起こりうる課題です。
デザインは、単なる見た目の美しさだけではありません。企業のブランドイメージを構築し、顧客とのコミュニケーションを円滑にし、ひいては売上や信頼の向上に直結する重要な経営資源です。特に、競争が激化する現代市場において、優れたデザインは他社との差別化を図り、顧客に選ばれるための強力な武器となり得ます。
しかし、その重要性がわかっていながらも、デザインへの投資、特にリニューアルや新規制作に関する稟議がスムーズに通らないケースは後を絶ちません。「費用対効果が見えない」「今のままでも問題ないのでは?」「もっと優先すべきことがある」といった声が、決裁者や関連部署から挙がることも少なくないでしょう。
なぜ、客観的に見ても「良い」はずのデザインが、社内の承認を得られないのでしょうか。そこには、デザインの価値の伝え方、社内コミュニケーション、そして決裁プロセスの特性など、いくつかの要因が複雑に絡み合っています。
本記事では、なぜ優れたデザイン提案が社内稟議で承認されにくいのか、その根本的な原因を探ります。そして、その壁を乗り越え、デザイン提案を実現するための「意外な突破口」について、具体的なステップとともに解説していきます。この記事が、皆様のデザインに関する悩みを解消し、ビジネスを前進させる一助となれば幸いです。
なぜ「良いデザイン」の稟議は通りにくいのか?5つの原因
デザイン提案が社内で承認されない背景には、いくつかの共通した原因が見られます。単にデザインの良し悪しだけでなく、組織特有の事情やコミュニケーションの問題が関わっていることが多いのです。ここでは、代表的な5つの原因を掘り下げてみましょう。
原因1:デザインの価値が「感覚的」にしか伝わっていない
デザイナーや提案者は、デザインの意図や効果を理解しています。しかし、その価値が、決裁者やデザインに詳しくない関係者に「感覚的」なレベルでしか伝わっていない場合があります。「かっこいい」「おしゃれ」といった感想は得られても、それが具体的にどのようなビジネス上のメリットに繋がるのかが不明確だと、承認の判断材料にはなりにくいのです。
デザインの評価は主観に左右されやすい側面があります。そのため、「好みではない」「以前の方が良かった」といった個人的な意見によって、本来議論すべきビジネス上の効果が見過ごされてしまうこともあります。提案者側が「良いデザインだから、見ればわかるはず」と思い込んでしまうと、客観的な説明が不足しがちです。
原因2:費用対効果(ROI)が明確に示されていない
企業活動において、投資判断の重要な基準となるのが費用対効果(ROI: Return on Investment)です。デザイン制作には当然コストがかかります。決裁者は、その投資に対して、どれだけのリターンが見込めるのかを知りたいと考えています。
「デザインが良くなれば、売上が上がるはず」「ブランドイメージが向上するだろう」といった期待だけでは、具体的な効果を予測できず、投資判断を下すには不十分です。「どのくらいの期間で」「どの程度の効果が」「どのような根拠で」見込めるのか。これらの問いに対する明確な答えがなければ、決裁者は承認に踏み切れません。特に、景気や業績が不透明な状況下では、コストに対する目はより厳しくなります。
原因3:決裁者の「判断基準」と提案内容がズレている
決裁者である経営層は、常に会社全体の目標達成や経営課題の解決を考えています。彼らがデザイン提案を評価する際には、「このデザインは、現在会社が抱えている課題の解決にどう貢献するのか?」「中期経営計画の目標達成にどう繋がるのか?」といった視点を持っています。
提案内容が、単に「デザインを新しくしたい」というレベルに留まり、会社の経営戦略や事業目標との関連性を示せていない場合、決裁者にとっては優先度の低い案件と見なされてしまいます。デザインの美しさや斬新さだけをアピールしても、それが経営判断の決め手になることは稀です。決裁者が何を重要視し、どのような情報を求めているのかを理解し、それに合わせた提案を行う必要があります。
原因4:社内関係者の「合意形成」が不十分
デザインの変更は、ウェブサイト担当者だけでなく、営業、マーケティング、開発、広報など、様々な部署に関わることがあります。それぞれの部署には、それぞれの立場や意見、懸念事項があります。例えば、営業部門からは「既存顧客が混乱しないか」、開発部門からは「実装に技術的な問題はないか」といった声が挙がるかもしれません。
これらの関係部署との事前のすり合わせや情報共有が不足していると、稟議の段階になってから異論や反論が出て、承認プロセスが停滞してしまうことがあります。特に、変更による影響が大きいプロジェクトほど、早期からの関係者間の合意形成が重要になります。一部の担当者だけで話を進めてしまうと、「聞いていない」「協力できない」といった反発を招きかねません。
原因5:提案の「タイミング」が適切でない
どんなに優れた提案であっても、会社の状況や他の優先事項との兼ね合いで、承認が見送られることがあります。例えば、
- 期末で予算が確定した後
- 大規模なシステム導入プロジェクトが進行中
- 組織変更や人事異動の直後
- 業績が悪化しており、コスト削減が最優先課題となっている時期
このようなタイミングでデザイン変更のような新たな投資案件を提案しても、承認を得るのは難しいでしょう。会社の年間スケジュールや経営状況、他のプロジェクトの進捗などを考慮し、適切なタイミングを見計らって提案することも、稟議を通すための重要な要素です。
これらの原因を踏まえ、次章では、これらの壁を乗り越えるための具体的な「突破口」について解説していきます。
稟議の壁を突破する!5つの意外なアプローチ
デザイン提案が承認されない原因が見えてきたところで、次はいよいよ、その壁を乗り越えるための具体的なアプローチ、すなわち「突破口」について考えていきましょう。ここでは、単なる説得術にとどまらない、少し意外な、しかし効果的な5つの方法をご紹介します。
突破口1:デザインの価値を「見える化」する技術
感覚的になりがちなデザインの価値を、客観的なデータや具体的な言葉で「見える化」することが、最初の突破口です。決裁者や関係者が納得しやすい形に変換する技術を身につけましょう。
- 数値データの活用:
- ウェブサイトリニューアルの場合:現状のアクセス数:離脱率:コンバージョン率などのデータを提示し:リニューアル後に期待される改善目標数値を具体的に示す
- 競合比較:競合他社のデザインやウェブサイトのパフォーマンスと比較し:自社の現状の課題と改善の必要性を客観的に示す
- ユーザーテスト/アンケート:ターゲットユーザーに既存デザインと新デザイン案を評価してもらい:その結果(例:「どちらが情報を見つけやすいか」「どちらの企業に信頼感を持つか」など)を数値やコメントで示す
- 効果の言語化:
- 課題解決への貢献:「このデザイン変更により:『〇〇』という課題を解決し:『△△』という目標達成に貢献します」のように:会社の課題や目標とデザインを結びつけて説明する
- 期待される成果の具体例:「問い合わせ件数が〇%増加」「採用応募者数が〇名増加」「ブランド認知度が〇ポイント向上」など:具体的な成果を予測し提示する
- デザインコンセプトの説明:なぜこのデザインなのか:その背景にある考え方や狙いを論理的に説明する:「ターゲット層である〇〇に響くよう:△△なトーン&マナーを採用しました」など
- ビジュアル資料の工夫:
- Before/After比較:現状のデザインと新しいデザイン案を並べて見せ:改善点を視覚的にわかりやすく示す
- モックアップ/プロトタイプ:実際に動くイメージ(ウェブサイトなら簡易的なデモ)を見せることで:より具体的な利用イメージを持ってもらう
これらの「見える化」によって、デザインの価値は単なる好みや感覚の問題ではなく、ビジネスの成果に繋がる論理的な投資として認識されやすくなります。
突破口2:決裁者の「判断基準」に寄り添う提案
決裁者は、常に経営的な視点から物事を判断しています。彼らの「判断基準」に寄り添い、彼らが「聞きたい」と思っている情報を提供することが重要です。
- 経営課題との紐付け:
- 会社の最重要課題を把握する:現在、会社が最も解決したいと考えている経営課題(売上向上:コスト削減:人材獲得:ブランド力強化など)は何かを理解する
- デザイン提案が課題解決にどう貢献するかを明確にする:「今回のウェブサイトリニューアルは:新規顧客獲得という経営課題に対し:ターゲット層への訴求力強化と問い合わせ導線の改善によって貢献します」のように具体的に説明する
- 費用対効果(ROI)の提示:
- 投資額と期待リターンを明記する:必要なコスト(制作費:運用費など)と:それによって得られると予測される効果(売上増:コスト削減額など)を可能な限り数値で示す
- 回収期間の目安を示す:投資したコストをどのくらいの期間で回収できる見込みなのかを提示する
- リスクと対策を示す:考えられるリスク(効果が出なかった場合:追加コストが発生した場合など)と:それに対する対策や代替案も併せて提示することで:決裁者の不安を軽減する
- 決裁者の「言葉」を使う:
- 経営層が普段使っている言葉や関心を持っているテーマ(DX:サステナビリティ:生産性向上など)を意識的に盛り込む
- 過去の成功事例や業界動向など:決裁者が関心を持ちそうな客観的な情報を補足資料として用意する
提案内容が「自分ごと」として捉えられるよう、決裁者の視点に立ち、彼らの言語で語りかけることを意識しましょう。
突破口3:スモールスタートで「実績」を作る戦略
大規模なデザイン変更やリニューアルは、予算も大きく、関係者も多いため、承認のハードルが高くなりがちです。そこで有効なのが、「スモールスタート」戦略です。
- 小さく始めて効果検証:
- 全体リニューアルではなく:まずは特定のページ(例:ランディングページ:問い合わせフォーム)や機能(例:ブログ機能の追加)だけを改善する
- A/Bテストを実施する:既存のデザインと新しいデザイン案の一部をテストし:どちらがより高い成果(コンバージョン率など)を出すかを比較検証する
- 成功体験を積み重ねる:
- 小さな改善で目に見える成果(数値的な改善)が出れば、それが強力な実績となる
- 「この部分の改善でこれだけの効果があったので、全体に展開すればさらに大きな効果が見込めます」といった形で、次のステップへの説得力を高める
- リスクの低減:
- 初期投資を抑えられるため、決裁者の承認を得やすい
- 万が一、期待した効果が得られなかった場合のリスクも最小限に抑えられる
いきなりホームランを狙うのではなく、まずはヒットを打って実績を作る。この地道なアプローチが、最終的に大きなプロジェクトの承認に繋がることも少なくありません。
突破口4:社内の「応援団」を増やすコミュニケーション術
稟議は、最終的には決裁者が判断しますが、そこに至るプロセスにおいて、関係部署の理解や協力は不可欠です。社内に「応援団」を増やすためのコミュニケーションを意識しましょう。
- 早期からの情報共有と意見交換:
- 構想段階から関係部署(営業:マーケティング:開発など)に相談し:意見や要望をヒアリングする
- 関係者の懸念事項を事前に把握し、提案内容に反映させる、あるいは対策を用意しておく
- 定期的な進捗報告会などを設け:プロジェクトの透明性を高める
- 各部署のメリットを提示:
- デザイン変更が、関係部署にとってどのようなメリットがあるのかを具体的に説明する(例:営業部門へは「提案資料として活用できるデザインに」:カスタマーサポートへは「よくある質問ページを充実させ問い合わせ削減に」)
- 各部署の目標達成に貢献できる点をアピールする
- 影響力のあるキーパーソンを味方につける:
- 社内で影響力を持つ人物や、デザインの重要性を理解している人に事前に相談し、協力を仰ぐ
- 稟議の場で、応援コメントをもらえるように根回ししておくことも有効な場合がある
社内調整は手間がかかる作業ですが、これを丁寧に行うことで、稟議の場で思わぬ反発を受けるリスクを減らし、スムーズな承認を後押しします。
突破口5:「ストーリー」で心を動かすプレゼンテーション
データやロジックはもちろん重要ですが、人の心を動かし、行動を促すためには「ストーリー」の力が有効です。提案内容を魅力的なストーリーとして語ることを意識しましょう。
- 現状の課題と理想の未来像を描く:
- 現在のデザインが抱える課題によって、どのような機会損失が生じているのか、顧客や社員がどのような不便を感じているのかを具体的に描写する
- 新しいデザインによって、それらの課題が解決され、どのような素晴らしい未来(顧客満足度の向上:社員のモチベーションアップ:業績向上など)が待っているのかを、情熱を持って語る
- 顧客視点の物語:
- ターゲット顧客が、新しいデザインによってどのような体験をし、どのように満足度が高まるのかをストーリー仕立てで説明する
- 顧客の声(アンケートやインタビューなど)を引用し、リアリティを持たせる
- 自社の成長物語:
- 今回のデザイン変更が、会社の歴史や理念、将来のビジョンとどのように繋がっているのかを語る
- デザインが会社の成長ストーリーにおける重要な一歩であることを示す
論理的な説明に加えて、感情に訴えかけるストーリーを織り交ぜることで、決裁者や関係者の共感を呼び、提案への熱意や本気度を伝えることができます。「この提案を実現したい」と思わせるような、心を動かすプレゼンテーションを目指しましょう。
事例:ある中小企業の挑戦 – デザイン稟議、成功の裏側 –
ここで、ある中小製造業A社の事例(架空)を通して、これらの突破口がどのように活用されたのかを見てみましょう。
A社は、技術力には定評があるものの、ウェブサイトは10年以上前に作られたままで、古臭い印象は否めませんでした。営業担当の佐藤さん(仮名)は、新規顧客開拓のためにウェブサイトのリニューアルが急務だと感じ、デザイナーに依頼して洗練されたデザイン案を作成しました。デザイン自体は社内でも「かっこいいね」と評判でしたが、いざ稟議にかけると、「費用が高い」「今のままでも問い合わせは来ている」「他に優先すべきことがある」と、なかなか承認されませんでした。
佐藤さんは諦めませんでした。彼はまず、なぜ稟議が通らないのか、その原因を分析しました(原因1、2、3)。そして、以下のステップで再挑戦することにしました。
1:価値の「見える化」と「決裁者視点」の徹底(突破口1、2)
- まず、競合他社のウェブサイトと比較し、A社のサイトが情報設計やデザイン面で劣っている点を客観的に示しました。アクセス解析データを用いて、直帰率の高さや問い合わせページの離脱率の高さを具体的に提示。「年間〇〇件の潜在顧客を逃している可能性があります」と、機会損失を数値化しました。
- 次に、リニューアル後の目標として、「問い合わせ件数〇%増」「特定キーワードでの検索順位〇位以内」といった具体的なKPIを設定。その達成に向けたデザイン上の工夫(導線改善、コンテンツ強化など)を説明しました。
- さらに、社長が常々口にしていた「技術力の高さを、もっと広く知ってもらいたい」という言葉を引き合いに出し、「今回のリニューアルは、A社の技術力を効果的に伝え、ブランドイメージを向上させるための重要な投資です」と、経営課題との繋がりを強調しました。費用対効果についても、保守管理費の削減効果と問い合わせ増による売上増効果を試算し、投資回収期間の目安を示しました。
2:社内「応援団」作り(突破口4)
- 佐藤さんは、デザイン案を持ってすぐに稟議にかけるのではなく、まず関係部署を回りました。営業部には「顧客への提案時に、自信を持って見せられるサイトになります」、技術部には「専門的な技術情報を分かりやすく発信する場ができます」と、各部署のメリットを丁寧に説明しました。
- 特に、以前からウェブの重要性を理解していた営業部長に事前に相談し、協力を取り付けました。部長は、稟議の場で「営業現場としても、このリニューアルは必須だと考えている」と援護射撃をしてくれました。
3:「ストーリー」で共感を呼ぶ(突破口5)
- 最終的な稟議の場では、単に機能やデザインを説明するだけでなく、ストーリーを語りました。「この古びたサイトを見て、若い技術者が『ここで働きたい』と思うでしょうか?」「このサイトから、私たちの技術への情熱が伝わるでしょうか?」と問いかけ、リニューアルによって「未来の仲間が増え、お客様からの信頼が高まり、会社全体が活気づく未来」を描きました。そして、「このデザインは、その未来への第一歩なのです」と締めくくりました。
これらの丁寧なステップを踏んだ結果、以前は難色を示していた決裁者や関係者も、リニューアルの必要性と効果を理解し、ついに承認を得ることができたのです。佐藤さんの挑戦は、デザインの価値を正しく伝え、組織を動かすことの重要性を示唆しています。
デザイン投資を成功させるために
「良いデザイン」が、必ずしもスムーズに社内承認されるとは限りません。その背景には、価値の伝え方、費用対効果の不明確さ、決裁者との視点のズレ、社内調整不足、タイミングの問題など、様々な要因が潜んでいます。
しかし、これらの壁は、決して乗り越えられないものではありません。
- デザインの価値をデータや言葉で「見える化」する
- 決裁者の判断基準に寄り添い、経営課題と結びつける
- スモールスタートで実績を作り、リスクを低減する
- 社内の関係者を巻き込み、応援団を増やす
- ストーリーの力で共感を呼び、心を動かす
これらの「意外な突破口」とも言えるアプローチを戦略的に活用することで、稟議の壁を突破し、デザイン提案を実現できる可能性は格段に高まります。
デザインは、企業の未来を創る力を持っています。その力を最大限に引き出し、ビジネスの成長に繋げるためには、デザインそのものの質を高めることと同じくらい、その価値を組織内で適切に伝え、合意形成を図っていくプロセスが重要なのです。
もし、あなたが今、デザインに関する社内稟議で悩んでいるのであれば、ぜひ本記事で紹介した視点やアプローチを参考にしてみてください。一つ一つのステップを丁寧に実行していくことで、状況はきっと好転するはずです。
優れたデザインが、その価値を正しく認められ、ビジネスの現場で輝くことを願っています。
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