なぜ、BtoB(B2B)企業にデザイン思考が必要なのか?

現代のビジネス環境は、かつてないスピードで変化し続けています。特にBtoB(Business to Business)の領域においては、単に優れた製品やサービスを提供するだけでは、顧客から選ばれ続けることが難しくなってきました。技術のコモディティ化が進み、機能や価格での差別化は限界を迎えつつあります。このような状況下で、多くの企業が新たな競争優位性を模索しています。

その答えの一つとして注目されているのが「デザイン思考」です。しかし、「デザイン」と聞くと、多くの中小零細企業の経営者や担当者の方は、「見た目を良くすること」「デザイナーの専門分野」といったイメージを持たれるかもしれません。確かにそれもデザインの一側面ですが、デザイン思考の本質は、もっと深く、広く、ビジネスの根幹に関わる考え方なのです。

市場が成熟し、顧客のニーズが多様化・複雑化する中で、BtoB企業もまた、顧客一人ひとりの状況や課題に深く寄り添い、最適な解決策を提供することが求められています。もはや、「良いモノを作れば売れる」時代ではありません。顧客が製品やサービスを通じてどのような体験を得られるか、いわゆる「顧客体験(CX:Customer Experience)」が、企業の成長を左右する重要な要素となっています。

この顧客体験を向上させ、顧客との強固な関係を築く上で、デザイン思考は非常に強力な武器となります。 なぜなら、デザイン思考は徹底した「人間中心(顧客中心)」のアプローチだからです。顧客が本当に求めているものは何か、どのような課題を抱えているのか、その本質を深く理解することからすべてが始まります。

本記事では、BtoB企業が顧客を真に理解し、長期的な信頼関係を築くために、なぜデザイン思考が有効なのか、そして、具体的にどのようにビジネスに取り入れていけばよいのかを、分かりやすく解説していきます。これまでデザイン思考に馴染みがなかった方にも、その重要性と可能性を感じていただければ幸いです。

デザイン思考とは何か?:誤解されやすい概念を正しく理解する

デザイン思考という言葉は、近年ビジネスシーンで頻繁に耳にするようになりました。しかし、その意味合いは多岐にわたり、誤解されているケースも少なくありません。「単なる思いつきのアイデア出し」「デザイナーだけが行う特殊なプロセス」といった認識は、デザイン思考の本来の価値を見えにくくしてしまいます。

デザイン思考とは、デザイナーがデザインを行う際に用いる思考プロセスやマインドセットを、ビジネス上の課題解決に応用する考え方です。その最大の特徴は、徹底した「人間中心主義」にあります。つまり、製品やサービスを利用する「人」(顧客)を深く理解し、その人が抱える課題やニーズを起点に、解決策を創造していくアプローチなのです。

デザイン思考の5つのプロセス

デザイン思考は、一般的に以下の5つのプロセスを繰り返しながら進められます。ただし、これは必ずしも直線的に進むものではなく、必要に応じて前のプロセスに戻ったり、行ったり来たりしながら、より良い解決策を探求していくのが特徴です。

  • 共感(Empathize):ターゲットとなる顧客を深く理解するプロセス:顧客へのインタビュー、行動観察などを通じて、顧客が置かれている状況、感情、抱えている課題や満たされていないニーズを探る
  • 問題定義(Define):共感を通じて得られた情報をもとに、顧客が本当に解決したいと考えている、本質的な課題を明確に定義するプロセス:表面的な要望だけでなく、その裏にある潜在的なニーズを見抜くことが重要
  • 創造(Ideate):定義された課題に対する解決策のアイデアを、質より量を重視して、可能な限り多く生み出すプロセス:ブレインストーミングなどの手法を用い、既存の枠にとらわれない自由な発想を促す
  • 試作(Prototype):創造プロセスで生まれたアイデアの中から有望なものを選び、それを素早く具体的な形(試作品)にするプロセス:完璧なものを目指すのではなく、アイデアを検証するための最低限の機能を持つ、シンプルで低コストなものを作成
  • テスト(Test):作成した試作品を実際の顧客に使ってもらい、フィードバックを得るプロセス:試作品が顧客の課題解決に本当に役立つか、改善点はどこにあるかなどを検証し、共感や問題定義のプロセスにフィードバック

これらのプロセスを繰り返し循環させることで、顧客にとって本当に価値のある製品やサービスを生み出すことを目指します。

BtoBにおけるデザイン思考の特徴:単なる「見た目」ではない

BtoBビジネスにおけるデザイン思考は、BtoC(Business to Consumer)とは異なる側面も持ちます。BtoBの顧客は、個人の嗜好だけでなく、組織としての合理性、費用対効果、導入後の運用体制、既存システムとの連携など、多岐にわたる要素を考慮して意思決定を行います。

そのため、BtoBのデザイン思考では、単にエンドユーザーである担当者だけでなく、購買に関わる決裁者、導入部門、情報システム部門など、関係する様々なステークホルダーの視点や課題を理解することが不可欠です。製品やサービスの機能だけでなく、導入プロセス、サポート体制、契約形態など、ビジネス全体の設計においてデザイン思考が活かされます。

また、BtoBでは、製品やサービスの「見た目の美しさ」だけがデザインではありません。例えば、複雑な業務システムにおける分かりやすいインターフェース設計(UIデザイン)、顧客がスムーズに目標を達成できるような導線設計(UXデザイン)、顧客の業務プロセスそのものを改善するようなサービスデザインなど、より広範な領域がデザインの対象となります。

デザイン思考はデザイナーだけのものではない

デザイン思考は、特定の役職や部署だけのものではありません。むしろ、営業、マーケティング、開発、カスタマーサポートなど、様々な立場のメンバーがそれぞれの知見を持ち寄り、協力して取り組むことで、より大きな効果を発揮します。

経営者自身がデザイン思考の重要性を理解し、率先して顧客視点に立つ姿勢を示すことも重要です。組織全体で顧客への共感を深め、課題解決に取り組む文化を醸成していくことが、デザイン思考を成功させる鍵となります。中小零細企業においては、社長と社員の距離が近いからこそ、この文化を比較的スムーズに導入しやすいという側面もあるでしょう。

BtoB企業がデザイン思考で見落としがちなポイント

デザイン思考の重要性は理解しつつも、実際のBtoBビジネスの現場では、その本質的な価値が見落とされがちなポイントがいくつか存在します。これらを認識し、意識的に改善していくことが、顧客を真に掴むための第一歩となります。

「顧客の声」を本当に聞けているか?:表面的な要望と潜在的なニーズ

多くのBtoB企業は、顧客の声を聞くための仕組みを持っています。営業担当者によるヒアリング、アンケート調査、サポート窓口への問い合わせなど、様々な接点で顧客からのフィードバックを得ているはずです。しかし、そこで得られる「声」は、必ずしも顧客の本質的な課題やニーズを表しているとは限りません。

顧客は、自身の課題を明確に言語化できていない場合や、既存の製品・サービスの枠内でしか要望を伝えられない場合が多くあります。例えば、「この機能を追加してほしい」「価格を下げてほしい」といった直接的な要望は、あくまで表面的なものであり、その背景には「業務効率を上げたい」「コストを削減したい」「リスクを低減したい」といった、より根源的な欲求や課題(潜在ニーズ)が隠れている可能性があります。

デザイン思考における「共感」のプロセスは、この潜在ニーズを深く掘り下げることに重点を置きます。 顧客の言葉を鵜呑みにするのではなく、「なぜそう思うのか?」「具体的にどのような状況で困っているのか?」「本当に解決したいことは何か?」といった問いを投げかけ、対話を重ねることが重要です。また、顧客のオフィスに訪問して実際の業務プロセスを観察するなど、言葉以外の情報からもインサイトを得ようと努めます。表面的な要望に応えるだけでなく、潜在ニーズを満たす解決策を提供できてこそ、顧客からの深い信頼と満足を得ることができるのです。

社内の「当たり前」が顧客とのズレを生む

企業内部では当たり前となっている専門用語、業界特有の慣習、社内都合の業務プロセスなどが、顧客にとっては理解しにくかったり、不便だったりするケースは少なくありません。特に、長年同じ業界や製品に携わっていると、知らず知らずのうちに「内向きの論理」に陥りやすくなります。

例えば、技術的に高度な機能をアピールしても、顧客がその価値を理解できなければ意味がありません。複雑な見積もりプロセスや契約手続きが、顧客にとっては導入の障壁となっているかもしれません。自社のWebサイトで使われている専門用語が、新規の見込み顧客にとってはチンプンカンプン、ということもあり得ます。

デザイン思考は、常に「顧客の視点」に立ち返り、自社の「当たり前」を疑うことを促します。 顧客はどのような言葉で情報を探し、どのようなプロセスで意思決定を行うのか。自社の製品やサービス、情報発信は、顧客にとって本当に分かりやすく、使いやすいものになっているか。定期的に顧客の立場になって自社を見つめ直すことで、無意識のうちに生じていた顧客とのズレを発見し、修正していくことができます。

データ分析偏重と「人間中心」の視点の欠如

近年、データに基づいた意思決定の重要性が叫ばれ、多くの企業がアクセス解析やCRM(顧客関係管理)ツールなどを活用して、様々なデータを収集・分析しています。データは客観的な事実を示し、改善のヒントを与えてくれる貴重な情報源です。しかし、データだけに頼りすぎると、大切なことを見落としてしまう危険性があります。

データは「何が起こったか」を示すことは得意ですが、「なぜそれが起こったのか」という背景にある人間の感情や文脈、動機までを深く理解することは困難です。例えば、Webサイトの離脱率が高いというデータは分かっても、なぜ顧客が離脱したのか(情報が見つからなかった、使い方が分からなかった、魅力的に感じなかったなど)の理由は、データだけでは分かりません。

デザイン思考は、定量的なデータと、定性的な顧客理解(インタビューや観察など)を組み合わせることを重視します。 データ分析によって課題の仮説を立て、その仮説を検証するために顧客への共感を深める。あるいは、顧客への共感から得られたインサイトを、データによって裏付ける。このように、データと人間中心の視点を相互に補完し合うことで、より本質的な課題発見と効果的な解決策の創出が可能になります。数字の裏にある「人」の存在を忘れないことが、デザイン思考の根幹です。

短期的な成果主義と、長期的な視点での顧客関係構築

特にリソースが限られる中小零細企業においては、短期的な売上や利益の確保が至上命題となる場面も多いでしょう。しかし、目先の成果を追い求めるあまり、長期的な視点での顧客との関係構築がおろそかになってしまうことがあります。

例えば、強引な営業や、一時的なキャンペーンによる値引きで契約を獲得できたとしても、それが顧客の真の課題解決に繋がっていなければ、継続的な取引には結びつきません。むしろ、不満や不信感を抱かせてしまい、将来的な機会損失を招く可能性すらあります。

デザイン思考は、顧客との長期的な関係性を築くことを重視するアプローチです。顧客の課題に真摯に向き合い、共感を通じて信頼関係を構築し、継続的に価値を提供し続けることで、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)の最大化を目指します。短期的な成果ももちろん重要ですが、それ以上に、顧客にとってなくてはならないパートナーとして認められることが、持続的な成長の基盤となります。デザイン思考による顧客理解と価値提供は、結果的に長期的な収益へと繋がっていく投資なのです。

部門間の連携不足とサイロ化

多くの企業では、営業、マーケティング、開発、サポートといった部門が、それぞれの役割と目標を持って活動しています。しかし、これらの部門間の連携が不足し、情報が共有されなかったり、部門ごとの都合が優先されたりすると、顧客体験は断片化され、一貫性のないものになってしまいます。これは「組織のサイロ化」と呼ばれる問題です。

例えば、マーケティング部門が発信するメッセージと、営業担当者の説明内容に食い違いがあったり、開発部門が良かれと思って追加した機能が、実際には顧客にとって使いにくかったり、サポート部門に寄せられた顧客の声が、製品開発や営業活動に活かされていなかったり、といった状況が起こり得ます。

デザイン思考は、部門の壁を越えて協力し、一貫した顧客体験を創り出すことを促進します。 顧客への共感を通じて得られたインサイトや課題認識を、関係する全部門で共有し、共通の目標に向かってそれぞれの専門性を活かしながら協働するのです。カスタマージャーニーマップなどを作成し、顧客が企業と関わる全てのタッチポイントを可視化することで、部門間の連携の必要性や、改善すべき点が明確になります。顧客視点という共通言語を持つことで、組織全体のベクトルを合わせやすくなるのです。

デザイン思考をBtoBビジネスに導入するステップ

デザイン思考の重要性を理解した上で、次に問題となるのは「具体的にどうやって自社のビジネスに取り入れれば良いのか?」ということでしょう。ここでは、BtoB企業がデザイン思考を導入するための実践的なステップをご紹介します。

ステップ1:顧客への深い共感から始める

全ての始まりは、顧客を深く理解すること、つまり「共感」です。既存の思い込みや仮説を一旦脇に置き、フラットな視点で顧客の世界に飛び込みましょう。

  • 顧客インタビュー:事前に質問項目を準備しつつも、オープンな質問を投げかけ、顧客が自由に話せる雰囲気を作る:単なる製品の感想を聞くだけでなく、業務全体の流れ、日々の悩み、目標、人間関係など、幅広い話題に耳を傾ける:「なぜ?」「具体的には?」と掘り下げることを意識
  • 行動観察:可能であれば、顧客のオフィスや現場を訪問し、実際に製品やサービスがどのように使われているか、どのような業務プロセスの中で活用されているかを観察する:顧客自身も意識していないような、無意識の行動や工夫、非効率な点などに気づくことができる
  • ペルソナの作成:インタビューや観察から得られた情報をもとに、ターゲット顧客を代表する架空の人物像(ペルソナ)を作成する:氏名、年齢、役職、業務内容、目標、課題、性格、ITリテラシーなどを具体的に設定することで、チーム内で顧客イメージを共有しやすくなる
  • カスタマージャーニーマップの作成:ペルソナが製品やサービスを認知し、検討、導入、利用、継続に至るまでのプロセスを時系列で可視化する:各段階での顧客の行動、思考、感情、タッチポイント(接点)、課題などを洗い出し、顧客体験全体を俯瞰的に捉える

重要なのは、顧客の「不満」や「要望」だけでなく、その背景にある「動機」や「価値観」まで理解しようと努めることです。

ステップ2:真の課題を発見し、定義する

共感を通じて集めた多様な情報の中から、顧客が抱える本質的な課題を見つけ出し、明確な言葉で定義します。ここで定義された課題が、その後のアイデア創出の方向性を決定づけます。

  • インサイトの抽出:インタビュー記録や観察メモを見返し、顧客の言葉や行動の裏にある、隠れたニーズや本質的な問題点(インサイト)を発見する:「当たり前」と思われていることの中に、改善のヒントが隠れていることも多い
  • 「How Might We…?(どうすれば〇〇できるだろうか?)」思考:発見した課題を、解決策を生み出すためのポジティブな問いに変換する:「〇〇(ペルソナ)が××(課題)を解決するために、私たちはどうすれば〇〇できるだろうか?」という形式で問いを立てることで、アイデア発想を促進
  • 課題の構造化と優先順位付け:複数の課題が見つかった場合は、それらの関係性を整理し、顧客にとっての重要度や、ビジネスインパクトの大きさなどを考慮して、取り組むべき課題の優先順位を決定する

ここで定義する課題は、具体的で、測定可能で、達成可能で、関連性があり、期限が明確である(SMART)ことが望ましいですが、まずは顧客のペインポイント(苦痛)に焦点を当てることが重要です。

ステップ3:多様な視点でアイデアを創出する

定義された課題に対して、可能な限り多くの解決策のアイデアを生み出します。ここでは、質よりも量を重視し、既存の制約にとらわれずに自由な発想を歓迎します。

  • ブレインストーミング:参加メンバーが自由にアイデアを出し合う手法:批判をしない、自由奔放なアイデアを歓迎する、質より量を重視する、他者のアイデアに便乗・結合するといったルールを守り、心理的安全性の高い場を作る
  • 多様なメンバーの参加:営業、開発、マーケティング、サポートなど、異なるバックグラウンドを持つメンバーを集めることで、多角的な視点からのアイデアが出やすくなる:可能であれば、社外の専門家や、ターゲット顧客自身に参加してもらうことも有効
  • アイデアの発散と収束:まずは制限なくアイデアを広げ(発散)、その後、実現可能性や効果などの観点から有望なアイデアを絞り込んでいく(収束)プロセスを意識する
  • 異業種からの学び:自社の業界の常識にとらわれず、他の業界での成功事例や、異なる分野の技術・考え方などを参考にすることで、斬新なアイデアが生まれることがある

突拍子もないと思われるアイデアも、他のアイデアと組み合わせることで、革新的な解決策に繋がる可能性があります。

ステップ4:素早く形にし、検証する(プロトタイピングとテスト)

有望なアイデアを選んだら、それを素早く具体的な形(プロトタイプ)にし、実際の顧客に試してもらってフィードバックを得ます。このサイクルを繰り返すことで、リスクを抑えながらアイデアを改善していきます。

  • 低コストなプロトタイピング:最初から完璧なものを作る必要はない:紙芝居、画面スケッチ、簡単なモックアップ、デモンストレーション動画など、アイデアの核心部分を伝えるための、シンプルで低コストな試作品を作成
  • 早期のフィードバック:作成したプロトタイプをできるだけ早い段階でターゲット顧客に見せ、実際に触ってもらい、率直な意見や感想を聞く:「どこが分かりやすいか/分かりにくいか」「期待する価値を提供できそうか」「改善点はどこか」などを具体的に質問
  • 「作って、壊して、学ぶ」サイクル:顧客からのフィードバックをもとにプロトタイプを修正し、再びテストにかける、というサイクルを高速で繰り返す:失敗から学び、軌道修正を重ねることで、より顧客ニーズに合致したソリューションへと洗練させていく

BtoBにおいては、実際の導入環境に近い状況でのテストや、複数のステークホルダーからのフィードバックを得ることが重要になります。

ステップ5:組織文化として根付かせる

デザイン思考を一過性のプロジェクトで終わらせず、組織全体の文化として定着させることが、持続的な成果を生み出すためには不可欠です。

  • 経営層のコミットメント:経営トップがデザイン思考の重要性を理解し、その導入を積極的に支援する姿勢を示すことが最も重要:リソースの配分、意思決定プロセスの見直し、評価制度への反映などを通じて、組織全体にメッセージを発信
  • 小さな成功体験の積み重ね:最初から大規模な変革を目指すのではなく、まずは特定の部署やプロジェクトでデザイン思考を試行し、小さな成功体験を積み重ねていく:成功事例を社内で共有し、他の部署への波及を促す
  • 学習と共有の機会:デザイン思考に関する研修やワークショップを実施したり、社内勉強会を開催したりして、従業員のスキルアップと意識向上を図る:部門を超えた情報共有や意見交換の場を設ける
  • 失敗を許容する文化:新しいことに挑戦すれば、失敗はつきもの:失敗を責めるのではなく、そこから学び、次に活かすことを奨励する文化を醸成することが、従業員の挑戦意欲を引き出す上で重要

デザイン思考は、ツールや手法であると同時に、組織の「マインドセット」そのものです。顧客中心の考え方を組織のDNAとして組み込むことが最終的なゴールとなります。

デザイン思考導入の成功事例(架空または一般化された事例)

デザイン思考が具体的にどのようにBtoBビジネスで活かされているのか、いくつかの架空事例を通してイメージを掴んでみましょう。

事例1:顧客の業務プロセスに寄り添い、UI/UXを改善したSaaS企業

ある中堅企業向けの業務管理SaaSを提供しているA社は、多機能性を売りにしていたものの、顧客から「使い方が分かりにくい」「機能が多すぎて、どれを使えばいいか分からない」といった声が寄せられていました。解約率も徐々に上昇傾向にあり、危機感を抱いていました。

そこでA社は、デザイン思考のアプローチを導入。まず、主要な顧客数社に協力を依頼し、営業担当者とデザイナーがチームとなって顧客のオフィスを訪問。実際の業務の様子を半日かけて観察し、担当者に詳細なインタビューを行いました。

その結果、多くの顧客が特定のコア機能しか利用しておらず、それらの機能にアクセスするまでの手順が煩雑であることが判明。また、業界特有の専門用語が多用されており、ITに不慣れな担当者にとっては理解が難しいことも分かりました。

これらのインサイトに基づき、A社は「コア機能へのアクセスを最短にし、専門用語を一般的な言葉に置き換える」ことを課題として定義。デザイナーは、観察結果とインタビュー内容をもとに、シンプルな画面構成のプロトタイプ(ペーパープロトタイプ)を複数作成しました。

これを再び顧客に見せてフィードバックを求め、改善を重ねた結果、最終的に最も評価の高かったデザイン案を採用。UI/UXの大幅なリニューアルを実施しました。リニューアル後、顧客からは「格段に使いやすくなった」「必要な情報にすぐアクセスできる」と好評を得て、解約率は大幅に低下。さらに、シンプルな操作性が評価され、新規顧客の獲得にも繋がりました。

事例2:営業資料のデザインを見直し、成約率を向上させた製造業

精密部品を製造・販売するB社は、高い技術力を持っているにも関わらず、新規顧客の開拓に苦戦していました。営業担当者は、製品の技術的な優位性を詳細に説明する資料を使っていましたが、顧客の反応は芳しくなく、なかなか成約に結びつきませんでした。

B社は、デザイン思考の「共感」のステップとして、失注した見込み顧客数社に改めてヒアリングを実施。「なぜ導入に至らなかったのか?」を正直に尋ねました。すると、「技術的な説明が難しくて理解できなかった」「自社の課題解決にどう繋がるのかイメージできなかった」「他社との違いが明確に分からなかった」といった声が多く聞かれました。

この結果から、B社は「技術スペックの羅列ではなく、顧客の課題解決ストーリーを分かりやすく伝える」ことを新たな営業資料のコンセプトとしました。問題定義として、「専門知識がない決裁者にも、製品導入のメリットが一目で伝わる資料をどう作れるか?」を設定。

マーケティング担当者、営業担当者、そして外部のデザイナーが協力し、ブレインストーミングを実施。顧客が抱えるであろう典型的な課題シナリオをいくつか設定し、それぞれのシナリオに対して、B社の製品がどのように役立つかを、図やグラフ、具体的な導入効果(数値)を用いて示す構成案を作成しました。

試作として、数パターンの新しい営業資料(PDF)を作成し、実際の営業場面でテスト的に使用。顧客の反応が良い資料のパターンを見つけ出し、さらに改善を加えました。新しい資料は、専門用語を極力減らし、ビジュアルを多用することで、直感的な理解を促すデザインになっていました。

結果として、顧客の製品理解度は深まり、商談はスムーズに進むようになりました。特に、これまで技術的な話についていけなかった決裁者層からの評価が高く、最終的な成約率は以前と比較して約1.5倍に向上しました。

事例3:顧客との共創ワークショップで新サービスを開発した専門商社

特定の産業機械を扱う専門商社C社は、既存事業の安定的な成長に加え、新たな収益源となる新規事業の開発を模索していました。しかし、社内だけでアイデアを検討していても、なかなか画期的なものは生まれませんでした。

そこでC社は、デザイン思考のプロセス、特に「共感」と「創造」のステップに、主要顧客を巻き込むことを決断。「顧客と共に未来を創る」をテーマに、顧客企業の経営者や現場リーダーを招き、半日の共創ワークショップを開催しました。

ワークショップでは、まずC社のファシリテーターが、業界の将来動向や技術トレンドに関する情報を提供。その後、参加者は小グループに分かれ、「自社の将来的な課題」や「業界全体が抱える問題点」について自由に議論しました。C社の社員も各グループに入り、顧客の生の声に耳を傾け、課題の深掘りをサポートしました。

次に、「How Might We…?」の問いを設定し、課題解決のためのアイデアをブレインストーミング形式で出し合いました。商社であるC社が持つネットワークや専門知識と、顧客が持つ現場の知見が組み合わさることで、社内だけでは生まれ得なかったような斬新なアイデアが次々と生まれました。

ワークショップで生まれたアイデアの中から、特に有望なものをいくつか選定。C社は、それらのアイデアを基に、具体的な新サービスのコンセプト案(簡単な提案書レベル)を作成し、ワークショップ参加企業に再度提示。フィードバックを得ながら、最も実現可能性と市場性が高いと判断された「予知保全サポートサービス」の事業化を決定しました。

このサービスは、顧客の設備にセンサーを取り付け、稼働データを分析することで、故障の兆候を事前に検知し、計画的なメンテナンスを可能にするというもの。顧客にとっては、突発的な設備停止による損失を防ぐ大きなメリットがあります。顧客との共創プロセスを経たことで、サービス開始当初から高い顧客満足度を得ることに成功し、C社の新たな収益の柱へと成長しつつあります。

デザイン思考導入における注意点と乗り越え方

デザイン思考は強力なアプローチですが、その導入と実践においては、いくつかの課題や誤解が生じやすい点もあります。これらを事前に理解し、対策を講じておくことが、スムーズな導入と定着の鍵となります。

時間とコストがかかるという誤解

デザイン思考のプロセス、特に顧客へのインタビューや観察、プロトタイピングとテストには、ある程度の時間と手間がかかります。そのため、「時間もコストもかかる、余裕のある大企業向けの手法だ」と敬遠されてしまうことがあります。

しかし、必ずしも大規模な調査や完璧なプロトタイプが必要なわけではありません。 中小零細企業であれば、社長や担当者が直接、数社のキーとなる顧客に深くヒアリングを行うだけでも、貴重なインサイトが得られます。プロトタイプも、手書きのスケッチや簡単なモックアップツールを使えば、低コストで素早く作成できます。

むしろ、初期段階で顧客理解と検証に時間をかけることで、後工程での大幅な手戻りや、市場ニーズのない製品・サービス開発にリソースを浪費するリスクを低減できます。 結果的に、トータルの開発期間やコストを削減できる可能性も高いのです。「急がば回れ」の発想が重要です。

効果測定の難しさ

デザイン思考の成果は、売上や利益といった短期的な財務指標だけでは測りにくい場合があります。顧客満足度の向上、従業員のモチベーション向上、ブランドイメージの向上、イノベーションを生み出す組織文化の醸成など、定性的で長期的な効果も多く含まれるためです。

そのため、「ROI(投資対効果)が見えにくい」「経営層に導入効果を説明しにくい」といった課題が生じることがあります。

対策としては、財務指標だけでなく、デザイン思考導入の目的に合わせたKPI(重要業績評価指標)を設定することが考えられます。例えば、顧客満足度スコア(NPSなど)、従業員エンゲージメント調査、新製品・サービスによる売上比率、プロトタイピングの回数、顧客からのフィードバック件数などを定点観測し、その変化を追跡します。また、導入事例で紹介したような、具体的な成功事例(定性的なストーリー)を収集し、社内外に共有することも有効です。

既存の業務プロセスとの衝突

デザイン思考は、従来の直線的で計画主導型のアプローチとは異なる思考プロセスや働き方を求めます。そのため、既存の業務プロセスや承認フロー、評価制度などと衝突する可能性があります。

例えば、迅速なプロトタイピングとテストのサイクルを回そうとしても、従来の稟議プロセスに時間がかかってしまう。あるいは、失敗を許容する文化がないために、新しいアイデアへの挑戦をためらってしまう、といった状況です。

これを乗り越えるためには、経営層の強いコミットメントのもと、デザイン思考を実践しやすい環境を整備していく必要があります。特定のプロジェクトに対して、試験的に通常とは異なるプロセスやルールを適用する「特区」のようなものを設けるのも一つの手です。また、デザイン思考のプロセスや考え方を、既存の業務改善活動や製品開発プロセスに部分的に組み込んでいくことから始めるのも良いでしょう。

抵抗勢力への対応

新しい考え方や働き方を導入しようとすると、必ずと言っていいほど、変化に対する抵抗や懐疑的な意見が出てきます。「今までこのやり方で上手くいってきた」「そんな理想論は通用しない」「余計な仕事が増えるだけだ」といった声です。

こうした抵抗に対して、トップダウンで強制するだけでは、反発を招くだけで上手くいきません。重要なのは、抵抗勢力の意見にも耳を傾け、彼らが何を懸念しているのかを理解しようと努めることです。その上で、デザイン思考のメリットや必要性を、具体的なデータや事例を交えながら、粘り強く説明し、対話を重ねることが大切です。

また、最初から全員を巻き込もうとするのではなく、まずは意欲のあるメンバーや、影響力のあるキーパーソンを巻き込み、小さな成功体験を作り出すことに注力します。成功事例が生まれれば、懐疑的だった人々の見方も徐々に変わっていく可能性があります。焦らず、着実に仲間を増やしていく姿勢が求められます。

デザイン思考で切り拓く、BtoBビジネスの未来

本記事では、BtoB企業が見落としがちな「顧客を掴む」ためのデザイン思考について、その本質、導入ステップ、そして注意点などを解説してきました。

技術が進化し、市場環境が目まぐるしく変化する現代において、BtoB企業が持続的に成長していくためには、製品やサービスの機能・価格といったスペック競争から脱却し、顧客一人ひとりの課題に深く寄り添い、優れた顧客体験を提供することが不可欠です。デザイン思考は、そのための強力な羅針盤となり得ます。

デザイン思考は、決してデザイナーだけのものではありません。経営者、営業、マーケティング、開発、サポートといった、組織のあらゆるメンバーが「顧客中心」の視点を持ち、共感を通じて顧客の潜在ニーズを掘り起こし、部門の壁を越えて協力し、アイデアを素早く形にして検証を繰り返す。この一連のプロセスとマインドセットこそが、これからのBtoBビジネスにおける競争優位性の源泉となるでしょう。

特に、変化への対応力や顧客との距離の近さという点で強みを持つ中小零細企業にとって、デザイン思考は大きな可能性を秘めています。大企業のような潤沢なリソースがなくても、経営者のリーダーシップと、社員一人ひとりの顧客への想いがあれば、デザイン思考を実践し、独自の価値を創造していくことは十分に可能です。

表面的な要望に応えるだけでなく、顧客自身も気づいていない本質的な課題を発見し、その解決策を提供することで、顧客との長期的な信頼関係を築く。デザイン思考は、単なる問題解決の手法ではなく、顧客と共に未来を創造していくための哲学とも言えるでしょう。

ぜひ、本記事をきっかけに、貴社のビジネスにデザイン思考を取り入れることを検討してみてはいかがでしょうか。顧客を深く理解することから始まる小さな一歩が、やがて大きな変化を生み出すはずです。


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