商業施設立ち上げのテーマは「パリの街並み」

街並み、店舗設計、看板、ロゴ、モールの名称、広告、チラシ、パンフレット、販促物、など総合的なブランドづくりをした際の話しです。

このテーマからか、本部から、大日本インキ化学の色見本帳「フランスの伝統色」を参考に色彩計画を立案するようにとの指示でした。色の専門家による色見本ですので、文化的背景や心理学的にも間違えのない、単純明快なディレクションだったと思います。

当時は、色彩計画といっても、せいぜいテーマカラーの制定と、そのカラーチップ見本による各媒体向けの展開例を提示する程度でした。その後、中小規模のブランディングにおいても、グローバル企業などのデザインシステムを参考に色彩計画も綿密に制定する動きが出はじめた時期でした。

今でこそ、コーポレートカラー(corporate color)やテーマカラー(theme color)を基軸とした、プライマリーカラー(primary colors)、セカンダリーカラー(secondary colors)をはじめ、配色パターンパレットの事例集や禁止事項等も細かくマニュアル化する色彩計画を導入していますが、当時は、よほどの大企業やグローバル展開している企業くらいしか、マニュアル化するほどの色彩計画は、導入していませんでした。

新規の商業施設立ち上げでは、予算と時間の兼ね合いから、テーマカラー、1次カラー、2次カラー、の制定と配色パターン・パレットに限定し、各種デザインの色彩計画として取りまとめました。

色彩計画に思わぬ落とし穴が

こうして、様々な制作物の基準として準備万端と思われた色彩計画でしたが、思わぬ落とし穴が待ち受けていました。

それは、色を確認する際の環境です。

人の心理や文化背景による影響も多少あるでしょうが、色を見る部屋の照明の仕様による影響は大きなものでした。

本部で行われる各段階で行われる色の確認は、一般の会社で広く普及している白色蛍光灯下でした。さらには、本部は地下にあり自然光が届かない閉じられた空間にあったのです。印刷所にあるような自然光に近い色評価用の蛍光灯やランプもありません。

一方、制作チームや印刷所では、自然光が入る環境にて作業が進められていました。印刷所からの色校正を制作チームが確認し、特に問題もなく思え、本部にそのまま色校正を提出しました。

本部にて色校正を確認すると青系、紫系の色が濁ってみえました。私自身も担当デザイナーも冷や汗モノです。その場では、原因がわからず持ち帰りとなりました。持ち帰り後、制作チームが色校正を確認すると本部で見た時ほど、青系や紫系の色が濁って見えることはありません。

本部の照明が原因では?

印刷所とも相談したところ「本部の照明が原因では?」との推測から、色校正紙を持って再度本部を訪ねました。今回は無理を言って自然光の入る会議室にて確認してもらうこととなりました。本部の担当者も地下で確認した際の濁りがないことを確認し、無事、印刷にまわすことが出来ました。

本件の印刷物は、一般の方々に配布される印刷物でしたので、蛍光灯や自然光が混在している環境で見る確率が高いと思い最終判断をしましたが、店舗の装飾など現場で運用する媒体に関しては、商業施設内の蛍光灯下での利用が100%でしたので、現場での色校正となったことを思い出しました。

久しぶりに「フランスの伝統色」を引っ張り出して色を見比べました。「F30 英国のブルー」と「F38 かたいブルー」や「F5 アリュミ二ヨム」と「F33 ブルー・ブルイヤール」などの似た色は、さすがに隣同士で見比べればその違いがわかりますが、離れた場所で認識できるかと問われれば、「お手上げです」と言わざるを得ません。

広い世の中、音楽の絶対音感のように色に対しても絶対的な感覚を持ち合わせた方もいるのではないかと思いますが、残念ながらそのような才能を持ち合わせていない者にとっては、機械に頼るのもひとつの考え方です。

先ほども少し触れましたが、色の捉え方は、見る者の置かれている環境をはじめ、彩色された面積、周辺の色、人の心理や文化背景による影響も少なからず受けていることと思います。

近年では、カラーアナライザーによる色彩色差の分析等、色の数値化を行う機器も数万円で手に入れることができる時代になりました。色が原因で印刷をやり直すくらいなら、カラーアナライザーやキャリブレーションを導入して、客観的なデータと心理的な見え方を考慮した色精度の向上をはかりたいものです。